タカコとバーに行った。 松本はバーが多いところなのである。 今回行った店は「メインバー コート」。 世界バーテンダーコンテストで4位の実績を持つマスターのいる松本の有名店である。 軽く他の居酒屋で飲んだ後そこに向かう2人だった。
タカコは看護師の先輩に連れられ何度も来ているらしいのだが、しゅんちはいかんせん安居酒屋ばかりなのであまり馴れてないのだった。
薄暗い木の階段を上がり、木造りの扉を開け店内へ。 タキシードを着た礼儀正しい店員が出迎えてくれた。
店員「上着をおかけします。」
スッとハンガーを取り出し、2人のコートをハンガーにかけた後、スムーズに席に案内される。
これが一流の接客業というものである。
席に座るとおしぼりが手渡される。
バーテンダー「お使い下さい。」
おしぼりからはヒノキの香り。
これが一流の接客業というのもである。
顔はおおっぴらに拭けない高級おしぼりである。
そして何か頼もうと思いメニュー見るが価格が書いていない。
これが一流の接客業というのもである。
タカコ「メニュー見なくてもどんな感じがいいのか言うだけで勝手に選んでくれるんだよ。ヒソヒソ・・」
しゅんち「へぇ・・・。」
バーテンダー「ご注文はお決まりでしょうか?」
タカコ「えっと・・・オレンジを使った物で爽やかな感じでお願いします。」
バーテンダー「はい。かしこまりました。では、こちらのお客様は?」
しゅんち「えっと・・・ちょっとアルコールきつめで・・・スカッとした感じ・・・?」
バーテンダー「はい。かしこまりました。」
通じた。
こうしてしばらくしてオーダーしたものが運ばれてくる。
出てきたものは確かに自分がイメージした通りのものだった。
これが一流の接客業というのもである。
すっかり一流の接客業というものに圧倒されてしまうしゅんち。 ふと横を見るといかにもお酒に詳しそうなお客がバーテンダーと親しげに話をしている。 向こうの席の人もどうもお酒の話で盛り上がっている様子だった。 どうしても気後れしてしまうしゅんちであった。
店内をゆっくりと見回していると目の前のバーテンダーが何やらビンをナイフで削っていた。 いや、削っているのは栓の周りのアルミのパッケージを削っていた。
錆びているのか・・・?
横目でビンのラベルを見ると驚くべき年号が書かれていた。
1940
戦時中ですか。
1940というと何年前だ・・・?
えーっと・・・
2007年-1940年=67年 チーン
還暦を越えてるであります。
サビサビのアルミ部をはがし終えた後、スポットライトの当たったカウンターにワイングラスをスッと置く。 そしてそのグラスに66年前のワインがとくとくと注がれていく。 その色は赤でもなく白でもなく茶褐色。むしろ麦茶色。
するとそのワインをしゅんち達の隣に座る小太りで、メガネをかけていて、蝶ネクタイが良く似合いそうな・・・例えるなら めざましテレビの軽部さん風の男の前にスッとスライドさせる。
バーテンダー「お待たせしました。」
その男は目の前に出されたワインを前に深いため息を付いていた。 幻の名酒の前で感慨に浸っているのだろうか。
しゅんち「す、すみません。あのワインは赤ですか?」
興味がそそられたしゅんちは思わずバーテンダーに質問してみた。
バーテンダー「いえいえ、ポートワインですね。」
しゅんち「ああ、ポートワインですか・・・。」
なんだポートワインって?
あまりにも初歩的な質問だと思ったのでそれ以上は聞けずに、お茶を濁すようにチビチビと自分のカクテルを飲む。 そして軽部風の男の動向をこっそり伺うのだった。
・・軽部風の男はしばらく色々な角度からワインを眺めた後、ゆっくりとグラスの足を掴む。
そして軽く持ち上げた後スッと鼻の前に持っていきゆっくりとグラスを回し始める。
ゆ〜ら〜ゆ〜ら〜ゆ〜〜ら〜〜〜ゆ〜〜ら〜〜
その後、高く持ち上げ色々な角度からワインを眺める。
そして再び鼻の前に持って行きゆっくりとグラスを
ゆ〜ら〜ゆ〜ら〜ゆ〜〜ら〜〜〜ゆ〜〜ら〜〜
早く飲め。
だんだんイライラしてくるしゅんち。 代わりに飲んでしまいたい衝動に駆られるのだった。
そしてようやくおっかなびっくりグラスを口に当て、ゆっくりと飲・・・の・・・
の・・・の・・・の・・・
の・・・
早く飲め。
やっと飲む。
そして・・・
泣く。
感動して泣きおった・・・。
お酒よりもむしろ酒を飲んで泣くほど感動することが驚きである。 酒の世界は奥が深いものだと思うしゅんちであった。
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